お勉強しましょう。鬼塚英昭が発見した日本の秘密2

西園寺公望は女房がいませんでしたけれど、子どもを儲けていたんです。新子といいます。その新子と西園寺八郎が結ばれるんです。ちょうどその頃に、西園寺八郎は子どもの時から大正天皇と同じ学習院の同期で幼友達なんですが、大正天皇は子種がないので結局ある筋から西園寺八郎にお前が強引にやってこいと、で、西園寺八郎は命令されるがまま貞明とチョメチョメしまして、まチョメチョメという言葉はどうでしょうか、チョメチョメしまして子どもが生まれます。それが昭和天皇です。

私見では昭和天皇の母親は貞明皇后ではない。昭和の闇の本質は昭和天皇秩父宮の確執ではなく、長州を後ろ盾にする昭和天皇極端な長州嫌いの貞明皇后の確執だと思う。これが昭和最大の分水嶺226事件を引き起こす。貞明皇后田布施村政権を佐幕派大政奉還しようと図り、樺山愛輔を二度も駐米大使松平恒雄が駐在するワシントンへ往復させて、松平容保候の四男である彼の娘を秩父宮の妃に貰い受けた。貞明皇后秩父宮皇位につけようとした動機は盲愛ではないと私は思う。彼女の言動からは意思がはっきりしていて正義感が強い人となりが伝わってくる。笠原和夫は226は第二の壬申の乱と言ったが、私は226は第二の戊辰戦争であると考えている。そして田布施村王朝を転覆させようとした貞明皇后は、戦後心臓麻痺で急死している。私は吉田茂昭和天皇が暗殺したと考える。白洲次郎は戦後は暗殺工作から身を引いている。

重松松重楊江はまた次のように述べている。貞明皇后の本当の名前は朱田布施村から輩出された人脈によって樹立された明治王朝大正王朝昭和王朝平成王朝とは即ち朝鮮王朝のことである。明治維新で職を失った旗本の娘の中から、美女を選び城内に入れて千代田遊郭なるものを伊藤博文らがつくりました。そこは、天皇や重臣たちの遊び場でした。そこに朱貞明がやってきました。才色兼備ゆえ、天皇伊藤博文に見初められて、やがて大正天皇の妃になったのです。

つまり明治王朝大正王朝昭和王朝平成王朝とはすなわち朝鮮王朝のことである。よって貞明皇后の出自が朝鮮であることは理にかなっている。貞明皇后大正天皇と結婚したのは15歳である。白羽の矢を立てられた彼女が九条家に引き取られ、学習院に通わされ鍋島信子牧野雪子と交友している在学中、大正天皇の妃候補として千代田城にお目見えしたのだろう。おそらく貞明皇后は朝鮮王朝を引き継ぐ嫡子を産む女性としてふさわしい出自なのだろう。

また私見では昭和天皇貞明皇后は血縁がないと考える。貞明皇后は極端な長州嫌いで有名、かつ個性的な性格で意思が強い。西郷八郎が彼女の隙を狙って襲えたのは一回きり、貞明はガードを堅くして例えば女官を常時周囲におく防御しただろう。貞明皇后西園寺八郎を拒絶したので、田布施村の大室家の血筋に連なる子どもが連れてこられたのが昭和天皇である考える。貞明皇后はも強烈なのか、昭和天皇以外の三人の息子は彼女に酷似している。猛禽類のような鼻をしている。その中で昭和天皇一人だけ面立ちがソフトである。見目良い賢そうな子を選んできたのだろう。実際昭和天皇は恐るべき頭脳の持ち主である。鷹揚な生物学者然とした風貌であ、そうを連発するほほえましいキャラを演じた千両役者でもある。幼少の時昭和天皇秩父宮は双子であるという風聞が根強くあったという。この兄弟は母胎に宿っている時期が一部重なっていたのだろう。双子ではなく母胎が二つあったのだ。昭和天皇には長州出身の西園寺八郎が後ろ盾になった。昭和天皇を銃撃しようとした難波大助は田布施川の辺に住んでいたから、そのことを知っていたのかもしれない。

で、彼八郎は西園寺家に新子という女がいながら、まったく寄り付きもしないで天皇家に入りこんでピッタリと自分の息子の昭和天皇の傍にいます。ずーっと侍従をします。一時、大正天皇の侍従武官長の奈良武次という男とけんかして、けんか両成敗で数年間、昭和天皇の傍を離れますが、死ぬまで傍にいます。ということは昭和天皇の行動も全部、西園寺八郎が牛耳ったであろうと言われるほど、傍にいます。その西園寺八郎の子どもが公一きんかずといいます。

ゾルゲ尾崎秀実の仲間であった西園寺公一も、晩年は中共の党員であった。昭和49年後半と記憶するが、テレビで西園寺があの戦争は俺達がやったんだとニヤニヤしながら語っていたことは、今も脳裏から離れない。腹立たしい事実である。

一番大事なのは、次女が春子といいまして、この春子が住友家の御曹子の住友吉左衛門第十五代当主住友友純の嫁さんになります。ということは、住友と天皇家は血縁もいいとこなんです。そうでしょう?そこから考えると昭和の闇もまた見えてきます。

八郎の岳父西園寺公望は1919年パリ平和会議全権大使。、シナリオについては知悉していただろう。日米開戦前夜に死んでいるのは、シナリオに反対して消されたと私は思う。公望の私設秘書原田熊雄は住友に丸抱えされてヤラセの連絡係りとして活躍する。住友は確かに怪しい。

じゃあ秩父宮は二番目に生まれますが、秩父宮はどうなんでしょうか。秩父宮は東久邇が自分から言えないけど、東久邇の子どもなんです。こいつは何を言ってるんだと思うでしょうけど、西園寺候と政局という原田熊雄という男が書いた本があります、その本を私が言ったようなことを頭に置いて読まれると、東久邇と秩父宮が親子であるということが良く分ります。いつも行動を共にして、西園寺が東久邇が妙な行動を取ると秩父宮を呼びつけて東久邇に言え、妙な行動を取るな、と。そして又、秩父宮が変な行動を取ると西園寺候が東久邇を呼びつけてあの子どもをもう少しセーブしろと言います。東久邇は自分を自慢したくて、河野司を呼んで喋ったのかもしれません。大正天皇に子種がないことは事実です。で、貞明皇后はいろんな男とデキてます。で、樺山愛輔というのともデキているのはまちがいありません。そういうのから昭和の闇も見えてきます。

樺山愛輔は白洲次郎の岳父である。私には次郎よりよほど優秀なインテリジェンスに見える。白洲次郎はエージェントのくせに饒舌で注目を浴びすぎている。付き合っている文士たちにシナリオの一端をポロポロ喋り、本やエッセイでバラしている。エージェントとしては失格であるが、わざとやっているのかもしれない。俺の正体を見抜けという声がきこえてきそうなほど手がかりを与えている。それに比べて愛輔は寡黙である。まったく喋らない。だからほとんど歴史の俎上に上げられず、ノーチェックできたエージェントの鑑である。チャーチルも本質はエージェント、吉田茂もエージェント、ルーズェルトも下半身不随でなければ秘密裡に飛び回っただろう。自由に動き回れないので代わりにドノァンにを組織させた。ルーズェルトはドノァンを私の秘密の足と名づけている。

ウィキペディアによると、樺山愛輔1865年6月3日1953年10月21日は、日本の実業家、政治家。伯爵。1865年、薩摩藩士樺山資紀の長男として鹿児島に生まれた。1878年、米国に留学。アマースト大学卒業後はドイツボン大学に学ぶ。実業界に入り、日本製鋼所、十五銀行などの役員を務める。注白洲商会の倒産は十五銀行の不調が原因である。白洲文平に引導を渡して次郎を帰国させる舞台設定は、樺山愛輔がやったのかもしれない1922年、父資紀海軍大将、伯爵の死後、爵位を襲爵した。1925年に貴族院議員に選任され、1947年に貴族院が廃止されるまで務めた。1930年のロンドン海軍軍縮会議には随員として参加。注山本五十六が予備会議に出て世界に注目された太平洋戦争中は、近衛文麿や原田熊雄、吉田茂などと連携して終戦工作に従事した。1946年、枢密顧問官に就任。20年以上の滞米経験から米国内に多くの知己を持ち、日米協会会長や国際文化振興会顧問、国際文化会館理事長、ロックフェラー財団などの国際的文化事業にも携わった。妻常子は、伯爵川村純義の娘。注昭和天皇秩父宮を養育し\xA4

真擁Ľ任△訌塲唎忙蠅襪泙農噶嘘Υ運Δ縫⑤礇螢△鮖弔靴討い覆い❶⊆嚞秈臑臧寛併歷\xB51981年によれば、原因は体を壊したためとする。注正子によれば愛輔は猪肉が好物で、食べたくなると猪を肩にかついで坂を上がってきたという。実に壮健な人物である。

また樺山愛輔は20年以上も滞米経験がある。アマースト大学の同窓生には後のクーリッジ大統領、モルガン商会のモローがいる。アマースト卒業後に引き続きボン大学留学。当時ボン大学には次郎の父親ということになっている白洲文平が留学している。文平もその前にハーァード大学に留学しているのである。

ぴゅあぴゅあ1949

麻薬奴隷商人たちに繋がるのは、田布施村王朝を樹立した伊藤博文以来の伝統である。牧野と樺山の娘婿たちも同様である。吉田茂のあらゆる伝記本は、遺産60億円の使途は不明だと書いて済ましている。吉田茂がこの莫大な遺産を受けとったのはわずか11歳の時、平素頑健だった健三が心臓麻痺で急死したためであるが、恐らくザオーダーのデスノートに心臓麻痺と記載されていたのだろう。吉田茂白洲次郎を使って山本五十六近衛文麿、尾崎秀実を抹殺している。五十六暗殺のスケジュールは、13日に昭和天皇のお気に入り鮫島元侍従武官が行動予定時刻の詳細を打電、これが死を賜る合図である。暗殺劇の予定は15日だったが天候が良くないという理由で延期された。アメリカ側が傍受できなかったのである。17日旗艦武蔵から再度打電され、これが傍受される。そして翌日18日の暗殺が決行される。

この時ブイン上空で待ち伏せしていたジョンミッチェル少佐率いる38戦闘機十六機は、ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場から飛来してきたものであり、地点としても航続距離ぎりぎりのところであり、長時間滞留するわけにはいかなかった。有り難いことに山本五十六長官機一行が飛んでくる時間、コースは予め判明しており、時間に厳格な長官の性格まで分析した上での迎撃作戦なので、我が方がこの大編隊に気づかない限り、攻撃側の有利さは絶対であり、この勝負の帰趨は火をみるよりも明らかであった。衣川宏ブーゲンビリアの花より

打電を幇助したのが海軍主計士官中曽根康弘。陸海軍に秘密ルートを持つ白洲次郎が協力している。中曽根はこの功績によって吉田コネクションに加わり、戦後若手政治家として頭角を現わす。原発導入のためハーバード大学のサマースクールに参加、キッシンジャーの知己を得る。鬼塚さんも中曽根を転がして原発推進を図った黒幕は、吉田茂であると指摘されている。若手議員の中曽根や讀賣の正力が、国策を左右できるとは思えない。原発推進の国策は、国会議員でさえ立ち入れない奥の院で既定事項とされていたのである。

例えば226事件というのがあるんですが、昭和の闇というのは平成の闇もそうですが、ますます深まるのは、明治の時に話がさかのぼる訳ですよ。幕末に。その闇を私たちが直視してかからないから、今この福島の原発にも全部つながっていると僕は思うんです。福島の原発も真実を見るためには、そこから見ようじゃありませんか。そしてあえて言うなら日本人は、どこかでその巨大な闇に立ち向かうべき時に来ていると思います。

目ン無い千鳥八百長真珠湾攻撃白洲ケズウィック次郎ほか

偽史の最終兵器落合莞爾の堀川政略史観

日本国憲法

第十六条何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

第十七条何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

第十九条思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第二十一条集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

2検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

第九十八条この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

アテテ逃げる?

官邸が犯罪の巣

いやはや大変な時代である。福沢諭吉学問のすすめの冒頭を飾る天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず、といえりの紹介文から、もうずいぶんと時間が経っている。慶応義塾は彼が創設した大学だが、そこで学んだものらも人の上に人を創り、人の下に人を創ることに専念しているような日本だ。日本国憲法を無視して、悪法を次と強行しているだけではない。首相権限を悪用して、国有地をタダで払い下げる、利害関係人を官邸に投入して、政商に公有地血税を流し込んでいる。まさに悪党が官邸を支配する日本ということになろうか。

強姦魔も無罪放免

自己や身内のために権力を悪用して恥じない。

極め付きは、薬物を使ったジャーナリストによる強姦事件をもみ消して、それでいて平然としている警視庁と官邸である。犯人に反省の色は全くない。一部の官邸特権層にとって、刑法は存在しないのであろうか。110年ぶりの刑法改正は、一体なんなのか。詩織さんを、これ以上、悲劇に巻き込ませてはなるまい。

魅力的な女性は、3万〜4万人のやくざに狙われているわけだから、そのレイプ被害者は軽く数十万人を数える。さらに、不埒な男たちが割って入り、レイプしている。その中には、医師や坊さん、教師も警察官もいる。むろん、政治屋もたくさんいる。加えて、正義を口にするジャーナリストもいるわけだから、レイプ被害者は100万人の大台に乗っているかもしれない。それでも沈黙する被害女性である。

要するに、魅力的な女性は、この日本列島で安心して生きられない。恥ずかしいことに、やくざの街木更津の住人でありながら、この現実に気付かなかった筆者である。問題は、数十万ないしは数百万人の被害者が、警察に訴えない点にある。

原因は、女性の人権意識の低さと、法律の決定的不備と警察官の不誠実さが関係している。教育の欠陥を露呈している。その点で、TBS強姦魔をあぶりだすことに成功した詩織さんは、本当にえらい。勇気ある立派な日本人を代表する女性である。

彼女の無念を、昭惠は別として、安倍内閣の女性閣僚が共有できるであろうか。小池知事はどうか。ボールは全女性に投げられている。国連の人権専門官も見守っている。

暑中見舞いに悲しい返書

半年ほど留守をしていて、3月中旬に帰国した関係で、年賀状を見たのが遅かった。そのため、暑中見舞いのハガキが出来てまもなく、賀状への返礼を出したのだが、やはり過去を知る識者からの返書は厳しい。

元外務官僚の野田さんは戦前戦中の、あの暗い日本に戻ろうと公言している現政権は、まことに時代錯誤そのものであり、寒心に堪えません。昭和2年生まれの老骨として、毎日の新聞記事に憂慮せざるを得ませんと書いてきた。政治評論をしない新聞への警鐘もこめている。

日本を代表して大使として赴任してきた野田さんの不安は、この5年の間に頂点に達している。

千葉県人の日下部さんは最近は影を潜めていた右翼ややくざが活発に動き出し、不安を感じることがありますという。千葉県警への警鐘であろう。木更津だけではない。最近、警視庁が、世論を気にしてか、ようやく東京銀座のめかじめ料を摘発したらしい。詩織さん効果なのか。

先輩の宮川さんは、84歳にして現在も日本記者クラブに顔を出している。日本政治に対して極右の1強に振り回され、本当に腹が立つ。悔しい思いと書いてよこした。

悪党に支配された官邸に歯ぎしりしている日本人は多い。後輩の高沢女史はいまこそ独自の平和外交で、日本国民を守る状況ではないかと訴えてきた。彼女は、筆者への叱咤激励である。

他方で、中国古来の思想から3回注意して改めなかったら、もはや批判しても無駄なことだ。批判する価値がないので、止めた方がいいとの忠告も聞こえてくる。

中国古来の教えである道学の道場は、山深い険しいところにある。下界と関係を絶つことを勧める。仙人になれ、というのである。確かに、正論のようでもあるが。

帰国3か月目にして、初めて近くのダムへとドライブしてみた。石川啄木ではないが、自然の豊かな故郷に感謝したくなるのだが、人家が姿を消した山奥で、産廃場のような場所を目にして、瞬間、心が曇ってしまった。水源地の産廃場を何度か記事にした記憶があるが、無念にも足元でとなると、やはり悲しい。千葉県は放射能だけではない。

房総の山は、すでに大きく削られてしまった。その上に産廃場が出来た。ハマコー利権で知られた。この辺りの水は本当に大丈夫なのか。保健所は監視しているのか。やくざに投票した木更津や君津袖ケ浦の住民がいたせいである。このあたりのめかじめ料を警察は、捜査しているのであろうか。

山を崩壊させたため、山で暮らしてきた動物が里に降りてきた。毎年大豆を栽培してきた隣の畑の所有者は昨年は大豆を食べられてしまい、どうしてよいかと嘆いていた。いまもさら地のままだ。ハマコー利権のツケは大きい。

ところで、法律も人間の運用次第で左右される。東洋哲学の真髄は、人間教育にある。修身を説く。そうして家庭一族の安定確保。ついで政治を治める資格が出来る。修身斉家治国平天下である。悪党には、この基本の人間が出来ていない。

ならば、法律を権力で抑え込むことを、容赦なく断行する政府に対して、ひたすら屈する子羊から、1日も早く脱出できる日本人にならなければ、それは自ら人間の屑を名乗ることになる。

2017年6月18日記政治評論家日本記者クラブ会員

そして、法務省の側で共謀罪法案を強力に推進して菅官房長官の歓心を買っているのが、黒川弘務法務事務次官だ。黒川は民主党政権時代には小沢一郎強制起訴を画策し、甘利明の口利き事件では不起訴を画策、その功績で次官に昇格。通信傍受司法取引など冤罪の温床を拡大。極悪人だ。

AD